「誰といても楽しくない」人との会話が楽しめない本当の理由とは?

こんにちは、さいちょうです。

 

一人がいちばん楽・・・

 

「人といる疲れてしまう」

「純粋に会話を楽しめない」

「人間関係に疲れてしまった」

 

あなたが人付き合いをわずわしく感じるようになってしまった原因。

 

それは、「人との会話が労働になってしまったこと」にある。

 

この記事を最後まで読むと、人との会話を楽しめた頃のあなたが帰ってきます。

会話疲れの原因


私たちは経験を重ねるにつれて、本来の自分を次第に失っていきます。

 

社会的によしとされる人柄、話し方、ユーモア、社交性、立ち振る舞いなどが刷り込まれていくたびに、

 

相手に嫌われたくない気持ちから自分自身を隠し、演じるようになっていく

 

嫌われたくない・・・

 

「相手に受け入れてもらえる言葉」

「相手を喜ばせる言葉」

「自分が傷つかずにすむ言葉」

 

会話に集中するどころか、あたりさわりのない言動ばかりを頭の中で必死でこしらえながら会話している。

 

これではまるで「仕事」なんだ。

 

 

いつしか自分の感情を捨てて、相手の顔色ばかりをうかがうセールスマンになってはいませんか?

 

社会生活を円滑におこなうための戦略として、あえて演技をしている分には問題ありません。

 

しかし「誰と話しても楽しくない」と感じているなら、この記事を最後まで読み、あなた自身を解放してあげてください。

嫌われる恐怖


人類は人付き合いなしでは生きていけない環境で暮らしながら、長い時間をかけて進化してきた生き物です。

 

 

スマホもネットもない、超アナログな村社会を想像してみてください。

 

周囲から嫌われれば、疫病や食料など命にかかわる重大な情報も手に入らず、和を乱す危険な存在として命すら狙われる。

 

人類史のほとんどが「嫌われれば命が危ぶまれる環境」であり、そんな社会で生き抜いてきた祖先をもつ私たち。

 

嫌われることへの恐怖は私たちに備わった「生存本能」であり、誰しもがもっている自然な感情なのです。

 

嫌われまいと行動するのは、ごく自然のことなんだ。

気質の違い


しかし、それぞれの「気質」によって、その深度が大きく異なります。

 

 

世の中には生まれつき「不安」や「恐怖」を感じやすい脳をもつ人・そうでない人が存在します。

 

危機回避欲求が高い脳・低い脳と表現してもよいでしょう。

 

君はどんな子だった?

 

怖がりで、ちょっとしたことで泣き出す子もいれば、知らない大人や絶叫マシン、何に対しても物怖じしない子もいます。

 

僕は怖がりで、人見知りな子供だったな。

 

余計な知識を身につけ、何者かを演じるようになる前の、生まれたてのあなた自身の性格が、あなたの本来の脳の性質です。

 

この気質に、優劣や善悪はありません。

「陰キャ」と「陽キャ」


気質の違いをわかりやすく表現するために、あえて「陰キャ」と「陽キャ」という言葉を使います。

 

いわゆる「陰キャ(=危機回避欲求が高い脳をもつ人)」は、相手に嫌われるリスクを避けようとする気持ちが強くなります。

 

相手を傷つけていないかな・・・?

 

いわゆる「陽キャ(=危機回避欲求が低い脳をもつ人)」は、相手に嫌われるリスクを避けたい気持ちがあまりありません。

 

言いたいこと言っちゃえ!

 

脳の性質は「陰キャ」とか「陽キャ」とか、単純に二分できるような極端な話ではありませんが、

 

自分がどのあたりの性質をもって生まれているのかをしっかりと認識することが、人との会話を楽しむためには必要不可欠なんです。

 

 

脳の性質が違えば、見えている世界が違います。楽しいと感じるものも違います。目のつけどころも違います。

 

性質が遠ければ共有できる楽しみは少なくなり、性質が近ければ共有できる楽しみは多くなります。

 

しかし、私たちは大人になるにつれて「理想的な人」を演じようとするあまり、自分自身の本来の性質を見失ってしまう

 

陽キャになりたい!

 

いろんな人によく思われたい!

 

無理をして感性が遠い人たちとばかり付き合えば疲れるばかりか、いつのまにか本来感性が近いはずの人とさえズレが生じるようになっていく

 

これこそが「誰といても楽しくない」の正体なんだ。

優劣の誤解

 

でも、陽キャのほうが得してない?

 

陽キャにはプラスのイメージが、陰キャにはマイナスのイメージが感じられるのはなぜでしょうか?

 

その理由は単純です。

 

相手の気分が気にならない「陽キャ」は、感性が異なる「陰キャ」に対する違和感を堂々と口にだして発言します。

 

陰キャ=絡みづらい!まじめすぎる!おもしろみがない!

 

一方で、相手の気分を気にする「陰キャ」は、「陽キャ」に対する違和感をリスクを負ってまで口にだそうとしません。

 

(陽キャ=絡みづらい・・・感覚が合わない・・・おもしろくない・・・)

 

内心は、互いに同じことを感じていたりするんだよ。

 

 

口にだした「陽キャ」の違和感ばかりが表面化することで、「陰キャ」がまるで変わり者で扱いづらい人種のように思われがちですが・・・

 

実際のところ、日本人の8割程度は「陰キャ」あるいは「かくれ陰キャ」に該当すると思います。

 

気が合う人が多いという面では、陰キャのほうが得してるかも?

 

偽物のマイナスイメージに惑わされ、自分の本質を犠牲にしないでください。

 

 

「陽キャ」の物怖じしないところ。ストレートに言葉にできるところ。大勢の仲間との時間を大切にできるところ。

 

→とっても魅力的です。

 

「陰キャ」の思いやり深いところ。思慮深いところ。一人や少人数でも十分すぎるぐらいに楽しめるところ。

 

→とっても魅力的です。

 

あなた自身の気質を、愛してください。

 

 

ありのままだから、魅力的なんだ。

 

自分自身の気質を認識し、自分自身の気質に誇りをもち、自分自身の気質を愛してください。

 

すると不思議なことに・・・

 

僕はこんな人だよ!君は?

 

感性が異なる人とも物怖じすることなく対等な会話ができるようになり、互いの感性の違いを味わう余裕がうまれてくるのです。

 

おもしろい!そういう見方もできるんだ!

 

感性が近いもの同士ではなかなか得られなかった真新しい情報、自分とは違う目のつけどころ、思考回路。

 

気質が遠い人との会話には「刺激」と「学び」があります。

 

気質が近い人との会話には「共感」と「心地よさ」があります。

 

相手を楽しませようと気負いする必要なんてない。そのままの君がいいんだよ。

 

子供の頃のあなたは、どんな遊びが好きで、どんな友達が好きで、どんなことを考えていましたか?

 

 

借り物じゃないあなた自身の姿こそ、相手にとってなにより刺激的で、なにより心地よい、最高の贈り物となるのです。

 

最後まで耳を傾けてくれて、どうもありがとう!忘れかけていた君だけのキャラクターを取り戻してあげてね。約束だよ!